楽器を自分なりに使いやすくカスタマイズすることは、演奏家にとって大切な要素です。津軽三味線の糸巻きの穴の位置を変えることもそのひとつ。今回は津軽三味線の黒檀の糸巻きの穴開け作業の過程をレポートしていきます。
津軽三味線の糸巻きの穴の位置で、糸の巻き方がおおよそ決まる
津軽三味線の糸巻きには、糸を通す穴(糸穴)が開いています。1の糸は太めの穴、2の糸は中くらいの穴、3の糸は細めの穴といったように、糸の太さに応じて、あらかじめ糸巻きに穴が開けられていることがほとんどです。たとえば、新品の津軽三味線を購入したら、糸を通して張るだけで、すぐに演奏できる状態になっています。三味線の職人さんがいい感じのところに糸穴を開けてくれているため、通常はそのまま使えば問題ないと思います。
糸巻きの穴開けが必要になるのは、糸巻きを新調する(交換する)とき、中古で津軽三味線を手に入れたけれども糸巻きの穴の位置が気に入らないので変えたいときなどでしょう。また、同じ糸巻きを使い続けていくと、止まり具合を調整するために先側を少しずつ削ることになり、やがては糸巻きが奥に入り込んで穴の位置がズレていくので、どこかのタイミングで新しい穴を開けることもあります。
どこに糸穴を開けるのか、その穴の位置によって糸の巻き方がおおよそ決まり、三味線奏者の好みや所作(美学)がにじみ出てくるポイントです。糸巻きの太い側の端に穴を開けて、そこから糸を巻いていくスタイルもあれば、糸巻きの中央に穴を開けて左右に交差させながら巻いていくスタイルもあります。よく言われるのは、初心者のときにお師匠さんから三味線の糸の張り方を教わった場合、そのやり方をずっと真似るケースも多く、流派や会によって糸の巻き方が似ていたりすることもあるとか。このあたりは継承を重んじる芸事の世界、伝統芸能らしさを感じるエピソードではないでしょうか。
今回、私が糸巻きの穴の位置を変えるのは、「絹糸をギリギリまで使いたい」という単純な理由から。やはり糸巻きの穴の位置によって最後の最後まで絹糸が使えるかどうかに関わってきますので、ちょうどいい塩梅のところを狙いたいところです。
糸巻きの穴の位置を変えて、無駄なくギリギリまで絹糸を使いたい!
竹山流 津軽三味線の流派の場合、糸巻きの順番が「1の糸→2の糸→3の糸」という順番ではなく、「1の糸→3の糸→2の糸」のようにする演奏家がいます。これは初代 高橋竹山が「1の糸→3の糸→2の糸」の順に糸を巻いていたことに由来しているそうです。私もそれに倣って「1の糸→3の糸→2の糸」の順番で糸を巻いており、今回は3の糸の糸巻きに新しい穴を開ける作業を進めていきます。
現状では写真のように、中央の糸巻きの穴が左側にあり、絹糸を最後のギリギリまで使いにくい状態のため、右端に近いところに穴を開けたいと思います。
とはいえ、あまりギリギリの右端を狙いすぎると糸が巻きにくくなるため、少し余裕を取りつつ、鉛筆で目印を付けたところにドリルで穴を開けていくことにします。
用意する物
- ピンバイス ドリル
ホームセンターや通販サイトで購入できる手動のドリル(ピンバイス等)を用意すればOKです。
今回は3の糸のため、1mmのドリルを使用しました。
このように、ピンバイスの本体に1mmのドリルを装着すれば準備完了。
黒檀の糸巻きをドリルで削っていく・・・そのときの注意点とは?
それでは早速、ピンバイスドリルで黒檀の糸巻きに穴を開けていきましょう。
ドリルを押さえて固定し、糸巻きに適度な圧を加えながら、ドリル本体をクルクルと回して削っていきます。
少しずつ削っていくと、黒檀の木の粉(木くず)が出てきます。
黒檀の木の粉が溜まってきたら、一度ドリルを外します。
ここで木の粉をはらうのが、綺麗に仕上げるための注意点です。手動のドリルで黒檀の糸巻きに穴を開けるときは、少し削って、木の粉を出して、また少し削って、木の粉を出して・・・というのを何回も繰り返します。私は師匠からコツを教えていただいたのですが、こうしないとなかなか上手く削れないとのこと。実際にドリルの効果を考えると、穴に異物があるのとないのとでは、削りの効率も変わってきます。
木の粉をはらって、穴がキレイな状態になったら、再びドリルで削っていきます。
何度か繰り返していくと、ドリルが貫通して、糸巻きに穴を開けることができました。
貫通したらドリルを回しながら、ゆっくりと穴から外していきます。
その後は、反対側からもドリルを挿して、穴の形を整えていきます。
糸穴の状態を確認
ドリルを挿した側の穴の縁は、キレイな仕上がりとなっています。
ドリルが貫通した側(裏側)の穴の縁は、やや荒れてしまいました。
次の工程として、糸を通して出すというのを何回かして、穴をなじませていきます。
このように穴をグリグリと糸で擦り、出入口や内部の凹凸が少しでも減るようにしていきます。
いろんな角度で糸を擦って、穴の出入口が滑らかになるようにしていきます。
こんな感じで、キレイに穴が開きました。
最後に、修理のビフォーアフターをチェックしていきましょう。
Before
新しい穴を開ける前は、3の糸を左側から巻いており、絹糸を最後まで使うことが難しい状態でした。
After
3の糸を張るポイントの近くに穴を開けたことで、効率の良い糸巻きが可能となりました。これで絹糸をギリギリの最後まで使うことができそうです。
糸巻きは消耗品であり、使えば使うほど削る必要性が出てきて、そのたびに少しずつ短くなっていきます。穴の位置を一度決めたら完成ではなく、年月とともに姿形は変わっていくもの。楽器を長く使うためのメンテナンスの旅は終わることなく、永遠に続いていく・・・。
演奏家が成長すれば、楽器の扱い方はもちろん、音楽への向き合い方も変わる。その結果として、奏でる音色が変わり、生み出される音楽にも変化が生まれるのではないかと思っています。小さなことの積み重ねを大切にして、少しでも長く良い音を響かせられるように、楽しい音楽の時間を過ごせるようにしていきたいものです。